短歌鑑賞(古泉千樫と北原白秋)  


みんなみの嶺岡山の焼くる火のこよひも赤く見えにけるかも
                                           
                                          古泉千樫

 

古泉千樫の代表作であるこの歌は、すでに以前鑑賞していますから鑑賞は省


きます。


さて、度々書きますが、あの森鴎外の「観潮楼歌会」ですが、以前にアララギ派


の若手として斎藤茂吉と古泉千樫が出席したことを書きました。明星派の若手


としては北原白秋、石川啄木をやはりあげておきました。そして、茂吉と白秋の


親交を書きました。また、古泉千樫は高等小学校出であり、貧しくもあったの


に、啄木との親交がなかったことも書きました。

 

 

 千樫は後年アララギを去ります、そして白秋らと「日光」という雑誌を創刊したり


しました。観潮楼の歌会がきっかけだと思うのですが、アララギ派の千樫は明星


派の白秋と親交があったのです。


 

稗草(ひえくさ)の穂向きにちらふ蟆子(ぶよ)のかげ驚きて思ふうらさびにけり   

 

                                          北原白秋

 

この歌は、白秋の歌集「白南風(しらはえ)」のなかの「草の穂」と題した一連の


歌のなかの一首です。

 


そしてその一連の冒頭に古泉千樫の次の歌を掲げてあります。つまり千樫の


死を悼んで作った作品です。

 


秋さびしもののともしさひと本(もと)の野稗の垂穂(たりほ)瓶(かめ)にさしたり 

 

                                          古泉千樫

 

また千樫には牛の歌が多くあることが知られています。その代表格の歌は次  


の歌でしょう。


 

茱萸(ぐみ)の葉の白くひかれる渚みち牛ひとつゐて海に向き立つ           

 

                                          古泉千樫

 


わたしは今何を書こうかとしているのでしょうか。頭の中が混乱しています。ひ


とつは、白秋はアララギの茂吉だけではなく千樫とも親交を温めていたといい


たいのです。そして、そういう意味あいで上記の「稗草(ひえくさ)の穂向き…」


の歌を読むときまた違った味わいがするのです。

 


  まず、「稗草(ひえくさ)」は千樫の「野稗」の連想を感じます。「蟆子(ぶよ)」


はよく牛にたかって血を吸います、牛を連想します。「穂向き」などもわたしは千樫




の「海に向き立つ」の歌をを連想するのですが、これはこじつけでしょうか。


 

 ともかく、北原白秋がアララギ派の古泉千樫の死を深く悲しんでいたように感じ


られます。私の勝手な推理ですが、学歴もなく、貧しく、結核に苦しんだ、しかし歌


の上手かった千樫に白秋は、あるいは啄木の面影を重ねることもあったのではな


かったろうかと思うのです。同じ明星派に所属していながら、必ずしも白秋は啄木


と深く交わらなかったのではなかったろうか、天才同士がある距離感をもって互に


見ていたような気がします。そして、自分とは違った方向を目指すアララギ派の茂


吉や千樫にむしろ心を開いたのではなかったろうか。


 

 茂吉と白秋、白秋と千樫、茂吉と千樫そして啄木のこと…このへんの関係につ


いてはもっともっと深く考察しなければいけないと思っています。今はただわたし


の頭の中で、雑然としているだけです。


 

また、千樫や啄木の学歴の低さをことさらに問題にしているような書き方は反



省しなければならないかもしれません。